母の存在と、わたし。【その2】


私を出産する為の入院経験があった以来、27年間入院経験がない母。
この日から、入院生活が始まりました。

検査後、分かったこと。
造影剤をいれた心臓の映像を見ながら説明を受けます。




心臓にある細い血管が動脈硬化を起こし、狭くなっていて血液が通らなくなってしまっていました。何か所も。

入院中、まずはその血管の通りを良くするための手術(血管6か所、ステント手術)
をしました。
さすがの母もこの時は、ICUで同じ体制、ベットに寝たきりで動いてはダメな状態。
なにより腰も痛くて辛かったと思います。

6か所目、最後のステント手術後、医師からの説明で言われた言葉が今でも
耳から離れません。

『お母さんは63歳ですが、血管年齢的には80歳を超えています。
とても弱い状態です。』

 

あまりのショックで言葉がでませんでした。

 

そのあとは経過観察をしていましたが
日を追うごとに肺炎や脳梗塞と、急変が重なり…。

そして入院からわずか1カ月。

新緑のまぶしい良く晴れた5月の終わり。

63歳で永眠しました。

それからというもの、私は

いったい、いつから血管が弱かったんだろう。
いったい、いつから気を付けるべきだったんだろう。
いったい、いつから、、、。

考えても考えてもわからないのです。
でも一つ気づいたことがあったんです。

『体の中は見えない』ってこと。
この、見えないことの恐ろしさです。


母が長年飲んでいた薬。
母曰く『お母さんは血圧が高いから一生これと付き合ってかなきゃいけないんだよ。これ飲んでいれば大丈夫だからね。』
そう言って飲んでいた5種類以上はあったあの、母が言っていた『血圧の薬。』

純粋に、あれは何の為に飲んでいたのだろう?と思いました。

スナックで働いていたころは40代の働き盛り。
身なりには人一倍気を使っていた母。

太っていても見た目は若くて、性格は明るく元気でした。

だから『体の中は見えない』ことが、どれだけ本人にも周りにも油断させるのか、
実感しました。本当に怖いことなのです。

母の場合はそもそも、肥満と高血圧から投薬のはじまりでした。

もし、あの頃の私が今の自分だったら間違いなく、1日でも早く体に負担をかけていた脂肪を落として、ちゃんと痩せさせていたと思います。
体重の負担がなくなれば、心臓に余計な負担をかけなくて済むからです。

でもあの時
耳ツボダイエットをしていなかったら…
血圧や、中性脂肪などの数値が高いままだったら…
もっと早い時期に亡くなっていたかも。

そう思うと、痩せたことで少しだけ母の寿命を延ばせたのかな、とも思えています。


母のこともあり、予防することの大切さを知ることができました。

痩せることで
少しでも健康的に変われるんだったら。

痩せることで
少しでも趣味を楽しめるんだったら。

痩せることで
少しでも健康でいる時間をたくさん増やせるのなら。

痩せることで
今より心配を無くすことができるんだったら。

そんな可能性が少しでもあるなら、あきらめないで欲しい!!
って、心から思っています。

本気で『痩せたい!』お客様の願いを叶えられるよう、日々精進していくことが
私の宿命なんだと感じています。

そして、私はいつもお客様に後悔をしないような選択をしていただいています

母が亡くなってから、10年が経ちました。
サロン4年目の今、改めての決意として書かせていただきました。


これからも、お客様の『健康と美』を叶え、笑顔がいっぱいのサロンにして行きたいと思っています。(^^)

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

✿こんな長文をここまで読んでくださり、感謝いたします。
 本当にありがとうございます。<(_ _)>

セニュン 高橋ちひろ